ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

高山テキスタイル株式会社編 -イリーガルコピー(前編)-

「おはようございます」
 二月某日の木曜日、本職のローテーションで休みを取った篤朗は、朝十時前にトレース室に出勤した。
 会社の就業時間は朝九時から夕方六時までだが、休日の朝はゆっくり体を休めてからにした方がいいと孝子の忠告に従い、少し遅れての出勤でアルバイトに就いた。
「おはよう」
 トレース室に入ると直近の優紀子がだみ声で篤朗を迎えた。モニタにはインターネットをブラウジングのご様子だ。
「おはようございます」
 栞里の声も濁る。唯一ソプラノの朋弥は隔日のアルバイトで今日は休みだった。こちらのモニタには見たことのない製図のような画面で、栞里は電卓を叩きながら何かしらの数値を書き込んでいた。
「仲瀬さん、おはようございます。とりあえず今はちょっと待機中なのでこっちの席でパソコン見ててもらえますか」
 豪は自分の左横の席を示し、今さっきまで開いていたインターネット画面をそっと消した。
「だいたい朝一番に韓国からデータが届くんですけど、昨日に大分終らせていて今日はちょっと待機の状態なんですわ」
 フィルム時代は図案を韓国へ郵送し、納品時はフィルムと図案が返される流れであったが、現在はインターネットの普及に伴い、FTTPの光ファイバーによる通信サービスで日本、韓国間で自由にデータを送受信する事を可能にした。
「そうなんですか、分かりました。そしたらこちらのパソコン借りてちょっと環境見させてもらいますね」
「どうぞ、どうぞ」
 見学に来た時からこの席は空いており、以前この席で勤めていた人が辞めたのだろうかと、マウスを動かすとスリープ状態のモニタがふっと明るくなった。
『もはや化石』
 デスクトップに貼り付けられた真っ白な壁紙の中央にこの一言。
「あーそれは! 新しいパソコンに機種変更するたびにどんどん追いやられたパソコンなんです、それ」
 横から覗き込んでいた栞里が、モニタを見て固まる篤朗に笑って解説した。
「あの、仲瀬さんが本格的にここ来てもらった時はちゃんとしたパソコン使ってもらいますし!」
 慌てて取り成すように説明を入れる豪の態度には、親切を感じさせながらも少々やりすぎ感も否めない。その間、辻崎は何も話すことも挨拶することも無く黙々と一人モニタのドットと格闘していた。
 システム情報やコントロールパネルを開きパソコンのスペックを確認しながら、素人好みのメンテナンス系のフリーウエアなどがごちゃごちゃと入っているのが気になった。トレースで使用するフォトショップを起動すると、バージョン5のダイアログに親近感を覚えて思わず笑みが出た。
「このトレース室のフォトショップって全部バージョン5ですか? 新しいのは入ってないんですか?」
「5以降のバージョンにしたらパターンが使えんなるって言われて入れてないんですわ」
 渋顔で豪が答えた。
「ああ、やっぱり」
 フォトショップは毎年アップグレードを重ね高機能を備える一方、これまで使い慣れた操作方法や機能をあっさり捨てることもあった。このパターンとは、複数のチャンネルデータを任意の選択範囲でパターン登録し、広範囲にそのパターンを繰り返し塗りつぶす事の出来る機能である。しかしバージョン5以降、パターンは単独チャンネルでしか登録が出来なくなり、一送りの図案を生地幅まで繰り返すトレース作業にとって、この機能を削られるのは致命的であった。
「実は僕もむこうでトレースしてる時はこのバージョンだったんですよ。ウインドウズじゃなくマックでしたけどね。でも今のCS3は処理も速くなってるので導入を検討するのもいいかと思いますよ」
 当時はトレースするならマッキントッシュが定番であったが、時代と共にウインドウズマシンが急成長すると、コスト面においてもウインドウズマシンが主流となり始めた。
「そうなんですか? でも今は特にこれで困ってるってこともないんでそのままにしときますわ」
「そうですね、何でも新しいのが良いわけではないですからね」
「あと買うとお金も必要になるしね」
 息を吐くように豪は呟き、ブラウジングに戻った。ここで使っているバージョン5はどこかで手に入れたものをコピーし、一つのシリアルナンバーを複数台に使用しているようで、バージョン4の本CDが棚に置かれていたが、アップグレードした形跡はない。
 高山テキスタイル製作所でも、初めて訪れたときはどこかで仕入れたマッキントッシュ用バージョン三のコピーを使っていた。当時はコピーガードが無かったため、複数台に同じシリアル番号を入れて起動する事が出来た。
新しいバージョンを手に入れるため、篤朗が個人で買っていたフォトショップを会社の経費でアップグレードを順次行い、最終バージョン6まで更新した。バージョン6からは同一LAN上で複数のパソコンに同シリアルナンバーを入れることが出来なくなると、鳥養の父がどこからか複数のシリアルナンバーを送ってくるのであった。