ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

-イリーガルコピー(後編)-

 篤朗は自分のアカウントを使って安くアップグレードが出来ることを伝えると、豪はそれならばと前向きに検討を始めた。機材は買い揃えるのに対し、無料で手に入るものには金を出さないようだ。
 篤朗は早速インターネットでアドビのサポートセンターに繋ぐと、アップグレードの手続きをしようとするが、アカウント情報が思い出せない。電話によるコールセンターも用意されていたので、会社の電話を借りて電話すること数分、長い順番待ちの末回答されたのは認証できませんの一点張り。当初登録したメールアドレスが必須との事だが、プロバイダを乗り換えて数年、すっかりアカウント管理を怠ったため、メールアドレスの変更手続きを忘れていた。住所や名前まで確認できても、最期のメールアドレスが答えられないと再発行出来ないというのだ。
 フォトショップとイラストレータ、一から揃えると十数万円の資産がたった一つのメールアドレスで消滅したのだ。
「だめでした。期待させてすみません。それより、今トレースの検収とかで困ってることとかないですか? せっかく来たのでなにか役立てることが出来たらいいんですけど・・・・・・」
「ティフファイル開けるソフトってあります?」
 待ってましたとばかりに優紀子が椅子を回転させて篤朗に向き合う。向き合うといっても間に栞里を挟んでいるので足を蹴って椅子ごとデスクから離して回転させたのである。
 TIFファイルとは高解像度の画像データを保存するファイル形式の一つであり、一般のフリーソフトウエアのビューワや、使っているフォトショップでも十分に開くはずである。
「豪さん前に言うてはったでしょ。直接TIFファイルが開けられたら便利やのにって。豪さん?」
「え? 俺? え、なんやったかいな」
 決してコソコソ話をしていたわけではなく、席の離れた優紀子の声はだみ声だがよく通り、聞こえなかった振りかなと思ったが本気で聞こえていなかったようだ。優紀子がもう一度説明すると、
「そうそう、仲瀬さん、製版したデータをいじる事が出来ないんですけど、なんか方法はあるんですかね?」
 豪は自分のパソコンを操作すると、問題のTIFファイルをクリックする。フォトショップが起動し、ファイルを読み込もうとするも、ファイルの容量が大きすぎるとエラーメッセ字が表示され、強制終了するまでの一部始終を確認する。
「そのデータの解像度っていくつですか?」
「720DPIなんでかなりでかいです」
「あー、フォトショップって言っても古いバージョンですからね、フリーの画像処理ソフトを探してみましょうか? 」
「ぜひお願いします」
 篤郎は何しに会社に来てるんだろうという疑問が湧かなくもなかったが、目の前にある問題は今後にも影響すると判断し、インターネットで該当するフリーウェアを検索した。すぐに見つかり自分のパソコンに試しにインストールする。
 社内LANで繋がれたパソコン同士で問題のデータを受け取ると、数十秒後にファイルの画像が表示された。
「おお!」
 篤郎のパソコン前まで椅子を移動してきた優紀子と後ろに立った豪、そして横から栞里が同時に声を上げた。
 フォトショップでトレースしたデータの解像度は、製版ソフトでインクジェット用に加工される際に720解像度に変換されてファイル容量が大きくなるため、加工後のファイルを編集しようとしても古いフォトショップでは開くことが出来ずにいた。そのため、小さな編集一つを前工程かやり直すという手間を取っていたのだが、篤郎の見つけてきたフリーウェアによって解決した。
 その後、待機状態が昼休憩にまで続いたため、
「またもう少し忙しい時に出直します」
 無駄に時間を過ごしても双方気を使い続けることなるだけと判断し、早々に切り上げることにした。
「いやほんと、今日みたいなんは珍しいんですよ。いつもはもう少し忙しいんですけどね」
「でもこの業界、二月から四月くらいまでちょっと暇になりません? 向こうもそうでしたし」
 無駄足にさせたことに気を遣う豪に、篤郎もフォローを入れる。
「また密に連絡させていただきますので、次来た時にはもっと役立てられるように頑張りますね。あと、今度フォトショップの最新版用意しますね。ちょっと見繕ってみます」
「はい、是非お願いしますわ」
 篤郎はトレース室のみんなに会釈をすると、昼食前の会社を後にした。