プロローグ
ゴシック様式で造られた白亜の大聖堂チャペル・コンフィードで幾組の新郎新婦を見送って来ただろう。
水曜日の正午きっかりに会社からの仕出し弁当を食べおわった仲瀬篤朗は、一人勝手口横の駐車場からその白い虚像を見るとも無く眺めていた。
前職から畑違いのサービス業に転職して四ヶ月。仲瀬はさらに前の職場で接客業に従事していたので、片手でトレーを支えてワイングラスを給仕する以外には、特に苦としていない。むしろ過去に積み重ねてきた交通事故による腰痛がどんでん等の肉体労働の激務に悲鳴を上げ、このまま続けていけるのかという不安を日々抱えていた。
バブル景気の終焉間際、コンピュータ系専門学校卒業した篤郎は、アールシステム株式会社に入社しプログラム開発に携わっていたが、バブル崩壊とウインドウズと呼ばれる革命的なオペレーションシステムの導入の波に乗り遅れ、業務は一変悪化の一途を辿り将来を見据えて退職すると、学生時代にアルバイトをしていた地元の大手ガソリンスタンドに就職した。
すでに過去となった数々の職場で得た、自信をもってアピールできるモノといえば接客サービス術くらいで、なんとかその経験を活かしてこの結婚式場ル・ソイルのバンケット部専属アウトソーシング、株式会社マンサービスクリエイションに入社する事が出来たものの、
「仲瀬君、私はここをもっとシティホテルのような格式持った接客応対にしていきたいんだよ。」
先日支配人から呼び出されれると、前の披露宴で新婦の父親と談笑しているのを咎められ、言葉遣いや姿勢について改善するよう注意を受けた。家族のような親しみ接客がウリの篤郎にとって、この晴天の下、いつまでも心を曇らせているのである。
週の中日は予約の入った結婚式も会議も無く、フロアの掃除や食器具などの掃除と次の予約に合せて在庫管理やスタッフの調整だけなので、今日のバンケット部の出勤は篤朗だけだ。
バンケットとは大勢の客人を招く宴を意味し、結婚式場などでのバンケット部とは主に料理など給仕を含むホール全体のサービス事業の事で、披露宴の予定のない日は今日のように穏やかに過ごせるのである。
携帯電話の呼び出し音にズボンのポケットから取り出すと、小さなディスプレーには前職で世話になった取引先の大賀の名前が表示されている。
「はい、大賀さん、お久しぶりですね」
篤朗は前職の苦い思い出の中でも、和歌山の取引先の担当で唯一バイク乗りという括りの仲間として親しんでいた大賀を懐かしんで声を上げた。
「仲瀬くん、元気でやってる? 仕事はなんか就いてるんか?」
大賀は誰に対しても気さくな口調で、この日も以前と変わらない軽い滑り出しで近況を聞いてきた。
「今は結婚式場で新郎新婦のエスコートやってますわ」
「そうなんか、もうコンピュータで絵描きの仕事はしとらんの?」
原稿図案をモニターに映し、タブレットというパソコンの入力機器で映し出された絵を上からなぞって色別に絵を描く仕事をトレースといい、仲瀬の前職はトレース職人であったが傍から見る分には「絵描き」として括られている。仲瀬も周りから何の仕事と聞かれるたびに「絵描き」だよと答えるのが一番説明が簡単で理解してもらえるので拘りはない。
「あの仕事好きだったんですけどね、今の仕事が肉体労働なだけに未練はありますけど、戻る気はないですから……」
「仲瀬くん、トレースの出来る職人を紹介してくれって言うてる会社があるんやけど、もっぺんやってみぃへんか?」
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