ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

高山テキスタイル製作所 -退職(前編)-

 いつか辞めるだろう、またはクビになるかもしれない、その時のためにと各署の所在地は事前に覚えておいた。それが突如、今日、今から一時間も経っていない状況で篤郎は車を走らせていた。先ほどまでの動悸はようやく治まり、悔し涙の痕が目元の肌を引っ張っていた。
 自分から辞めたのなら納得も行く、しかし前職同様事実上のクビである。
 前職の暴力事件も、我が物顔で整備工場の事務所に入ってきたチンピラ風情の常連客が無断で電話機を取り、どこかへ電話を掛け始めた。昼食中であった篤郎と同僚の二名で何事かと黙ってみていると、どうやら口悪く罵る会話がどこかへクレーム交渉をしているらしい。武勇如く見せつけるその様は無様で、事務所の電話を無断で使うなと窘めた。その口調が悪かったのは篤郎の落ち度であるが、窘められた事を腹いせに受話器を離すや座席の篤郎に殴りかかってきたのである。五十幾つの男とは言え軽くあしらうには無理があり、頭を片腕で抱え込みそのまま腰を折って尻もちを付かせて取り押さえたのだが、後日痛くもない頸椎捻挫を訴え篤郎を免職させないと会社を訴えると言ってきたのだ。
 なんでよくしようとした結果がこの始末なんだと、悔やんでも悔やみきれないが、今度は違う。篤郎は被害者だ。訴える権利は自分にあると強く信じ、初めての国の機関へ堂々と足を踏み入れた。
 篤朗は請求書を改ざんし在籍していない社員家族への架空給料支払いの件、韓国への架空発注の件などを園部税務署に報告すると、さらに車を走らせ、次は超過残業や雇用条件の反故などを園部労働基準監督署に報告した。
 真っすぐに自宅に戻ると書斎のパソコンを立ち上げ労働法違反、不当解雇、裁判、告発状などをキーワードにインターネットで調べて回った。
 昼過ぎに突如帰宅した篤朗にびっくりした孝子は書斎に来るとそっと訊ねる。
「会社どうしたん?」
「ついに辞めてきたわ。でも、まあ、なんとかするし」
 モニタから目を離さず答える背中に、今近寄っては危険と察した孝子は、わかったと答えると、
「なんか冷たいもんでも持ってこよっか?」
「うん、冷えた炭酸とか欲しいな」
「はーい」
 と言って早々に階下へ退散した。
 インターネットで告発状の書き方を調べると、すぐさまタイピングを始め書類を作成し始めた。何度も読み返し、調べ直してより効果的な文句を見つけてはすぐさま取り入れ、また読み返す。深夜に及んで出来上がった告発状は翌朝もう一度読み直し、感傷的な文になっていないことを確かめてから封筒に入れた。
 いつもの出勤時間から少し遅れて会社に顔を出した篤朗に、最初に遭遇した春日野が後ろめたさもあるのだろう、
「あっちゃん、おはよう。社長?」
 気遣って聞いてくる。
 篤朗が黙って頷くと指で上を指し、工場二階の社長室に高山がいる事を教えてくれた。結局この男も篤郎の給料を妬み、不満告げ口を吐いていたかと思うと口を利く気にはなれない。無言で二階へと向かった。