ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

-アポイント(後編)-

 電話越しの相手に首をぶんぶん立てに振り喜びを表現している豪の、並びに座る柿谷優紀子がモニタから目を離し、右隣で豪の素振りを見ていた安浦朋弥に目を細め囁いた。
「新しい人みたいやな」
「みたいね、いい人来てくれるといいね」
 優紀子の猜疑心を含んだ囁きに、朋弥は心から未だ見ぬトレース職人に希望を抱いていた。
 高山テキスタイル株式会社も同名製作所と同じく、創業時はフィルムに直接筆を走らせてトレースしていたのを、時代の流れに合せてコンピュータを導入したトレース作業に切り替えていた。切り替えの導入期はコンピュータの知識やトレースの技術に長けた豪の知人吉富知加子と、靖子の弟が運営するやはり同業ですでにコンピュータを導入している梅津テキスタイル製作所で訓練を受けた豪の二人三脚によって采配が振られていたが、知加子は後に諸事情で退職したためトレース技術は素人に等しく、指示は出来ても実行の出来ない状態で停滞感が漂っていた。
 唯一コンピュータに手練れた優紀子がトレース室の事実上の頭であったが、三児の母もあって、態度が、お世辞にもスタイルがいいとは言えないほどの体格に表れて大きかった。それが豪には鼻につき、トレース室に在籍する女性三名に対し、自分を含めた男性が、阿部以上に無関心の辻崎史宏なので数の内に入らない。自分の立場を逆転させる新風を切望するのであった。
「新しい方が来られるんですか?」
 受話器を下ろした豪に、朋弥が子供のような眼差しで訴える。
「一回見学に来るみたいや」豪も満更でもない。
「楽しみですね!」


 篤朗が二つ折りの携帯電話を畳みガッツポーズでカウンターを出たところに、パンツスーツ姿で廊下を歩いて来たバンケット所属の国峰夏帆が気付いた。
「仲瀬さーん、こんなところでサボってたんですかぁ? 事務所に居ないからコーヒーでも飲みに行ってると思ったらビンゴでしたね! 何かいいことあったんですか?」
 スラッと背の高い夏帆は、二十歳という若さで堂々と披露宴のエスコートから花嫁の介添えまでこなすスーパーウーマンだと篤朗も認めていた。自分で指揮するくらいなら、夏帆の下に付き指図に従っているほうがよほど気が楽とさえ思っており、篤朗の危なっかしいエスコートの袖裏でいつも夏帆に助けてもらっているので心許していた。先ほどの電話の話も隠すことなく、
「うーん、まだ分からんけど、転職するかも知れんわ」
「えーっ!? 本当ですかぁ?」
「昔やってた仕事、またやらへんかってお誘い受けたんやわ。厚遇扱いでって話みたいやけど」
「いいなぁ。ここより給料もいいんやろね?」
「給料もやけど子供いるとやっぱり休日に休み欲しいのんもあるからな」
「あーですよね! でもサイゾウ(社長のあだ名)辞めさせてくれるかな?」
「本決まりって話じゃないから、またそん時考えるわ。事務所戻ろっか」
「そうやん、仲瀬さん呼びにきたんやった!」
 そう、まだ決まった話じゃない。以前のように同じ轍を踏むわけにはいかない年齢なので、慎重にならざるを得ない。それでもコンピュータの仕事は、篤朗にとっては燻った気持ちを再燃させる魔力とも言える誘惑を掻き立てるのだ。