ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

高山テキスタイル株式会社編 -エクスペリエンス(後編)-

 世間を学ぶことなく社長の息子という庇護の下、ちやほやされて数十年を過ごした二世の活躍は薄く、自身で築き上げた歴史がない。父親や社員の積み上げた実績を専務取締である自分の評価とばかりに雄弁を並べる様に、優紀子は呆れ顔で朋弥に眼で語る。
「また始まったよ」
 新しく会社訪問に訪れた人へのテンプレートの文句らしい。何度も声に出して繰り返すと身につくとはこのことだ。
「ねぇ」
 微笑んで朋弥も答えた。
 篤朗にはまだその事実を知る事は無く、型屋の理想な経営形態に満足し、なにより内部外注が居ないことで給料落差で揉める事もなさそうだと安堵した。
「僕は何をすればいいんでしょうか?」
「修正や変更が入った時、いちいち外注に返してそれをまた検修してってやってると手間取るので、そういうのをやって欲しいんです。検修は出来ても修正とか絵を描くとかは誰も出来ないので、困ってたんです」
 そういう事なら合点がいく、と篤郎は思った。これだけの設備が揃っているにも関わらず、外注の仕上がり如何で左右されているようでは、進捗も侭ならないだろう。大賀の言っていた職人を探していると言うのは、こういう切実な問題だったようだ。
「豪さんは何をされているんですか?」
 特に他意はなく聞いたつもりだが、豪は用意されていない質問にしどろもどろだ。
「僕は、ほら、ここで検修するのと最終チェック? あとは外注に指示とかやな。あ、あと、仕事取りに和歌山とか交代で行ってる。え? 何で? 」
 何を焦るのかさっぱりわからず、その挙動に聞いた篤郎自身が焦ってしまいそうになる。
「いや、僕も向こうでトラック配送とか営業にも行っていたので、ここは誰が行かはるんかなぁと」
「あー、トラック配送は下で紗張りしてる武井さんが、和歌山と浜松まで行ってくれはるんや。図案貰いには、僕と親父が交代で行ってるな」
「浜松言うたら船越捺染ですか?」
「そうそう、亀岡の叔父んとこも行ってたんやったな」
「ええ、単価が合わんから言うて撤退しはりましたけどね」
「ここは大部分を和歌山で、その補足に浜松の仕事も取るようにしてるんですわ」
「業界全体的に縮小傾向があるので、数社の取引先があると安心ですね」
 浜松所在の船越捺染株式会社は全盛期は婦人服地やクッションカバーなど、ファッションやインテリア繊維を主体に栄えた会社であったが、人件費削減に中国や韓国のアウトソーシングに移行すると、国内での発注費が極端に下がり、さらに型屋が単価の安売り合戦を展開したため多くの型屋が事業縮小、あるいは廃業へと追いやられた。しかし近年中国での人件費も高騰すると、国内生産へ素早く切替えたことで細々と数少なくなった型屋で受注を分け合うのであった。
 およその経営、雇用状態、そして設備面などを検討し、
「しばらくこの仕事から離れていたので、体験研修という形で何度か来させてもらうっていうのは出来ますか? 今勤めている所が平日休みなので、休日ごとに来させてもらえますか?」
「そしたら仲瀬さん、休みなくなりませんか?」
「今は少しでもこの会社での業務に慣れておきたいし、すぐに今の会社も辞められないと思うんです」
「わかりました。仲瀬さんがいいと思う方法で来てもらえたら、うちはいつでも大歓迎です」
「ありがとうございます」


 この日より、篤朗の二足の草鞋がしばらく続くことになる。