ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

高山テキスタイル株式会社編 -ヘッドハンティング(前編)-

「知人から技術を持った職人を必要としている会社を紹介され、無理を承知で出来ましたら早期退職をお願いしたいのですが・・・・・・」


 株式会社マンサービスクリエーションの本社事務所、と言っても京都駅前の某複合商業施設の最上階、六畳面積も無い部屋をさらにパーティションで隔てた二畳空間で、篤朗は西原と向かい合っていた。四畳空間の真ん中にダイニングテーブルが置かれ、周りに並べられた折りたたみ椅子には先ほどまでミーティングをしていた社員が数名雑談を交わしていた。他の社員は喫煙コーナーと称すも物置き場に集まっていた。
 サイゾウこと西原は、ホテル業務での経験を活かして経営コンサルティング・アウトソーシングの会社を立ち上げるとホテルや結婚式場に特化したバンケット事業を展開し、また自らも結婚披露宴のエスコートを率先して行うなどバイタリティ溢れる男で、適正年齢を超えた篤朗の境遇を労い採用したのであった。
 次を担うマネージャ候補生として育てる中、突然目の前に立ち離職したいなどと宣うのだから唖然とし、次に憤怒が起こり、そして侮蔑の面持ちで笑い出すと席を立って四畳の社員たちに高らかに訴えた。
「おい、こいつ辞める言うとるぞ!」
 一瞬事務所が静まり、パーティション裏に立つ篤朗に視線を向ける。寝耳に水とばかりに驚く者や、またいつもの脱落かと見慣れた風景に嫌悪感を表せる者もいた。
 採用してもらった恩義はあった。割に合わない就業時間や身銭を切っての出張交通費にも辟易していた。また自分の身体の限界と今後増えるとも知れない収入に不安があった。二年先輩の給料明細とボーナス支給をいつか事務所ロッカー裏に落ちているのを見たときから感じでいた不安。
 それでも出来ることなら、この若いメンバーらと共に続けていきたいという気持ちが、西原の心無い仕打ちに脆く崩れた。
「おい、仲瀬、辞めるってほんまかい?」
「なんかあったん?」
 同僚が心配とも好奇心とも入り交ざった声で篤朗に投げかける。
「なんでも他の会社からヘッドハンティングされてるらしいわ」
 西原が吐き捨てた。
「お先失礼します!」
 篤朗は事務所に置いた鞄を引っつかむと、同僚の声に振り返らずにフロアを去ろうとすると
「辞めるんは好きにしたらええけど、半年は辞めれんからな!」
 離職条件をぶつけてきた西原の勝ち誇った表情に、篤朗の箍はすべて外された。何か叫ぼうかとも思ったが、共に激務を過ごした同僚の手前後ろめたさもあり、逃げるように事務所から立ち去った。
 ミーティング後は恒例の社員一同の飲み会がある。それを誘う声や引き止める聞こえてきたが、篤朗の慨嘆の前には無に等しく、また事務所から西原のほっておけと制止の声も上がっていた。
 西原はすぐさま結婚式場ル・ソイルのマネージャ吉峰祐樹を呼び付けた。
「おい吉峰、仲瀬が辞めるんはお前知ってたんか?」
「いえ、私も今聞いてびっくりですわ」
 吉峰はひょうひょうと答え西原を不審にさせるが、普段からお互いのやり取りは上っ面で腹の探りあいであったので、西原はチッと舌打ちすると臍を噛む様に顔を歪めた。
 吉峰は西原がホテルの一従業員として働いていた当時の同僚である。胡乱気な吉峰の表情からは表裏が掴めないのは今に始まった事ではなく、本社から離れた高槻の地で起こった篤朗の心の変化に気付くことが出来ないまま いきなり結論を突きつけられた結果となってしまった。
「社長、今日どうします?」
 篤朗が出て行ってからすでに半時間が過ぎていた。
「おう、行くぞ、すぎに出かけるから用意するようみんなに言ってきてくれ」
 西原は社員に言うと吉峰を開放した。今日の酒は不味い、西原は低い天井を見上げて溜息をついた。