ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

-採用(後編)-

「全部覚えてもらおうとは思とらんで。」
 高山は篤朗の不安を察し、先手を打つ。
「あっちゃんには山内君と交代で週二回トラックで配達に行ってもらいたいんと、納品先で修繕とかもあるさかい穴埋めとかテッポウ(樹脂を塗った型に小さなピンホールと呼ばれる穴や、余分に付いた樹脂を削るため生地の染み抜きに使う圧力噴射機)を覚えてももらうんに現場の補助員としてやってくれるだけでいいんや。」
「トレースの仕事は……」
「配達以外の日にやってくれたらええ。ずっと一日現場にいるんとちゃうで! そやさかい、鳥養君らみたいに外注と違ってあっちゃんは正社員として毎月25万円の固定給と外注としてトレースをやった分の二重方式で給料を支払うしボーナスも当然出す。どうや、悪い条件ちゃうやろ。」
 語尾の強くなる高山に違和感を感じた篤朗ではあったが、考え方によっては固定給が約束された雇用形態の方が安定しているかも知れない。外注は仕事の量がそのまま収入に反映するため、家の長期ローン返済には安定が一番であると考えた。
「わかりました。それだけのいい条件を揃えていただいて有難うございます。親父と共にお世話になりますけど、宜しくお願いします。」
 高山とは景造と共に家族ぐるみの長い付き合いではあったが、ここはけじめをつけて三十度の礼をした。
「ん、現場の詳しい事は山内君と斎藤さんに聞いてくれ。ほな、しっかり頼むわな」
 篤朗は部屋を出る時にもう一度礼をし、現場に向かう途中で景造に呼び止められた。親心で結果に心配の様子であったが、正社員として迎えられた事を伝えると満身の笑みで
「よかったな、よかったな」
と喜んだ。息子の採用が決まった事に重ね、普段接する機会の少ない男親と息子が同じ職場で働ける事が何より嬉しかったのであろう。


 収入面を全面的に認めて入社を決めた篤朗をよそに、高山には一つの計画があった。高山には前妻との間にもうけた長女の増美とは妻との離婚を理由に縁離れし、後妻との間でもうけた長男の豊とは絶縁していた。
跡取り息子として育て、現場の仕事から営業、トラック配達までこなす豊であったが、二世特有の派手な金遣いと女遊び、そして趣味で買った三菱のラン・エボで配達で走る大阪の峠を夜な夜な走り攻め、とうとう反対車線の車を巻き込む大事故で半身不随を負い、それまでに蓄積された怒りもあっての勘当を言い渡してしまったのだ。
 社内で働く跡継ぎと称される山内成司は篤朗と同い年で、高山が趣味で出かける釣り民宿の女将との間にもうけた子であり、高校を卒業すると同時に養子ではなく会社の跡取りとして呼び寄せたのである。すでに結婚し子供にも恵まれ、家のローンは会社が代理返済してくれる厚遇を受けていた。そんな山内も二世同様世間を知らずに勤めてきたため営業力に乏しく、交渉というよりは全面降伏で受注してくる不甲斐なさに憂いていた所へ、他業種経験者で口の達者な篤朗である。
 高山の目論見は共同経営としてトップに山内、営業に篤朗と、もう一人技師の春日野という構図を描いていた。