ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

-就業(後編)-

 社内では篤郎が入社する前からトレース職人と現場職人との間に埋まる事のない深い溝があり、それは業界の急成長時代の経営者が時代についてこれてないのが主な原因である。
 染工業界が好景気の時代、仕事の受注は黙っていても飛び込んでくる程で、断っても納期はいいからとりあえず受けてくれ、と常に図案が手付かずで山積みにされていた。テキスタイル事業は一気に急成長し、多くの参入企業が名乗り出るほどで京都には多くの染工場が点在した。
 そうすると今度は技術職のトレース職人が引く手あまたとなり、優秀な職人は常に引き抜き合戦でより高額な条件で自社に留めようと争った。
 経営者にとっては優秀なトレース職人こそ会社の要であると主張するが、現場に言わせるとそれを製版して納品できる状態にするのは自分たちだと主張する。「ニワトリが先か、タマゴが先か」の言い合いである。
 トレース職と肉体労働で汗水たらす現場職を唯一掛け持ちで働く篤郎は、誰よりも両社の言い分を理解できていた。しかしそれ以上に、辛いトラック運送で取引先でこき使われながら手にした図案を、鳥養たちにだけ分配されて手元にはゼロを何度も経験し、それを鳥養らは当たり前のように振る舞う。
 トレース職人を恨んでいた。趣味を活かし望んで入社を決めたトレースの仕事を憎んだ。トレース職人の配当金は、現場に比べて高すぎると!


 現場でフィルムの焼き付けをする春日野雅也は、山内と同郷の福井出身で高校卒業時に一緒に入社したが、山内の厚遇の秘密を知っているだけに、自分の立場に常に愚痴を吐いていた。
 焼き付けの技術職人としての腕前は、この会社で担当している三人の中でもダントツであったが、作業のこだわりは昔気質に繊細で効率度外視のため人の半分の作業も出来ない始末であり、また他人のゴシップに目がなく、常に誰かの悪態をついてないと治まらなかったので誰からも敬遠されていた。
「まーやん(雅也)はあんまり相手にせんときや。話だしたら作業の手を止めるから仕事にならん」
 ほかの従業員は忙しい日は特に春日野を相手にしないよう気を付けていた。
 篤郎は幅広く話題のジャンルを揃えていたのと、現場の持ち場を持っておらずフリーということもあり、マニアックな春日野にとっては絶好の話し相手として、この日も焼き付け部屋でいつもの他愛もない話で過ごしていた。
「あっちゃん、上の連中ってどれくらい給料もろとんの?」
 夏のボーナスが思った以上に少なく、給料の話の流れて春日野が尋ねた。
 高山はこれまで何度も外注の請求書を元に、複数の架空請求書を作成して篤朗に清書させていたので、鳥養、阿部の毎月の収入を把握していた。この時にはすでに高山に反発し、悪事に手を貸すほど従順ではなかったが、仕事の上がり量でおよその金額は分かるので、
「だいたい五十万ほどやろ」と軽く答える。もうトレース職人に配慮はない。
「あいつらそんなもろとるん!?」
「ちょっと前は八十万ほどもろとったで」
「あっちゃんもそれくらいもろとるん?」
「現場就かされて休憩時間すら上に行かせてもらえんのにどうやって稼ぐねん」
「それだけ受注量増えたら俺らの作業も増えるんわかるやろ、それやのになんで給料固定やねん」
「阿部ちん、俺らがやらな現場の仕事なくなるやろって言うとったで。鳥養君なんかは、仕事無い月は収入ガクッと下がるから安定してないし、現場はボーナスもらてるからいいやんって。ぶっちゃけ、俺らの給料下回る月なんて見たことないけどな」
「一回斎藤のばばぁに言うたるわ。あほらしくてやってられるか!」
 会話はそこで終わり春日野は焼き付けに戻り、篤郎は現場でする仕事もなく手持ち無沙汰になったので、現場の目もないことから納期の迫った柄を心配しトレース室に向かって行った。