ごーごごー、ごーちゃんでGo!

前職のトラウマを引きずりながらも畑違いの結婚式場の華やかな舞台を演出するため、古傷の腰痛を抱えた30台後半の主人公仲瀬は、昔の取引先の知人から職人への復職を持ちかけられる。
紹介してもらい入った会社は典型的な家族経営で父親が社長、常務に母親、そして専務は一人息子でマザコン、世間知らずで対人恐怖症、某障害の症状がすべて当てはまるようなその息子の名は豪。
豪に全てを振り回され、廃業まで追いやられた社員の信じられない日々を書き連ねたノンフィクション物語。
繰り返します。これはノンフィクションです。

高山テキスタイル株式会社編 -ファーストインプレッション(前編)-

 サービス業で嬉しいと感じる瞬間は、世間が出勤日の平日にゆっくりと休みが取れることで、しかし家族や友人と予定を合わせるにはあまりに悲しい特典でもある。電話で水曜日の午後に会社訪問の約束をした篤郎にとっては嬉しいと平日の休みとなり、聞いた住所を訪ねて愛車のスズキのアルトワークスを走らせていた。
 すでに年式の古くなった車両だが、軽自動車のマニュアルミッション仕様の新車はこの当時どのメーカーからも出ておらず、オートマチック車への乗り換えを拒否し、ガタついた愛車の中でこれから訪ねる新しい会社へと胸を躍らせている。しかし道路地図を見ながら進むも会社に辿り着けず、山の中を進んでは道を間違えたと引き返す。
 道に迷ったと電話するのを恥ずかしく感じたが、時間に遅れてはもっと社会人として恥ずべき事だと、とうとう諦めて携帯電話を取り出した。
 電話をするとすぐに豪が替わり、その引き返している山道を登るように指示をした。民家が途切れ道路の両側に竹林が広がりしばらく進むと、鬱蒼と道路に撓垂れる竹林の向こう側にまた民家が見えてきた。入り口に会社の看板があるとの事だったので減速して進むと、看板を見つけるまでもなく駐車場入り口に豪と横には豪の母親靖子が並んで出迎えていた。
 高山テキスタイル株式会社は山の中腹に平屋の家屋に並べて建てられた二階建ての工場だった。二階建てと言っても、ノンスリップ傾斜加工が施された駐車場が家屋より下まで下がり、地下一階地上一階の構造である。
 今日は車の出入りがないので駐車場内の玄関前に止めてくれたらいいと勧めるられるものの、サイドブレーキの利きの弱くなったアルトワークスを坂道駐車するのに躊躇うが、無下に断って道路脇に路上駐車するのも気が引けたので、ここは好意に甘んじきつくサイドブレーキを引くことでなんとか場を収めた。
「わざわざ来ていただいて、今日はよろしくお願いしますね。それじゃ、私はおほほほほ」
 靖子は丁寧な物腰で会釈すると、口に手を当て漫画のような笑い声と共に玄関の中に消えて行った。
「じゃあ仲瀬さん、まずは会社の中を案内しましょうか」
 豪は母親を見送ると、仲瀬をエスコートして斜面をゆっくり下り始めた。斜面の駐車場にはフォルクスワーゲン社のゴルフと、ベンツのCクラスが停めてあり、かつての好景気を物語っていた。斜面を下りきったところの平面駐車場には、四トントラックと、二トントラックが停められており、車体に社名がプリントされてはいるものの、年季の入った傷や汚れが無数にあった。
「亀岡の方で、叔父の会社で働いたはったんですってね。大賀さんから聞きましたよ」
「ええ、いろいろあって辞めたんですけど、またこうして同じ型屋に戻ってくるとは思ってませんでした」
 談笑を交えながら地下一階の紗張り場から焼き付け場を見学すると、「製作所」で導入しようかと話題になっていたインクジェット機を二基、焼き付け職人の徳田太一が古いデカラジカセから音楽をガンガン鳴らしながら操作していた。